東浪見
(とらみ)
木造軍荼利
(ぐんだり)明王立像

東浪見寺は明治維新の拝仏毀釈(はいぶつきしゃく)の影響により、明治2(1869)年に東大社と改称され、本尊の明王立像も八臂(はっぴ・臂/ひ、は腕のこと)のうち六臂を切り取られ、日本武尊の神像ととして扱われました。しかしその後の信者たちの熱心な請願により、明治27(1894)年11月、再び軍荼利明王像として信仰されることになりました。

像の高さは約2.04mで、カヤの一木造りで、内ぐり(中身のくり抜き)はありません。像の両脇に柄穴(ほぞあな)が残っているので、もとは多臂の像であったことがわかります。
平安時代末頃〜鎌倉時代初期の作と推定され、表面が風化していて衣装や表情ははっきりしませんが、作風は大まかな地方色の強いものです。

平安時代に入って天台宗や真言宗などの密教が広まるにつれて、明王像も多く造られましたが、木造で現存している例は少なく、県内最古のものといわれています。昭和32(1957)年に県の有形文化財に指定されました。



[Torami temple]
You can find Gundari-Myou-Ou, a statue of wood.
(It's built around 1000 years ago.)

 

 

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玉前神社東浪見寺芥川龍之介と一宮洞庭湖大欠堰